郁子とジェフのホームページへようこそ。このホームページでは私達の簡単な自己紹介と、いまや世界中にいる友人達に私達の現状を知らせるために作ってみました。お楽しみあれぇ〜。


最近の出来事

  • 2006年7月1日〜3日 - - Jeff, Ikuko and Miyu took a long weekend and hopped on over to Jeju Island, Korea (about a two and a half hour flight) with their friends Shinji, his wife Tomoe and their son Ryunosuke. Check out some photos from the trip here.


  • 2005年9月4日〜10日 - アメリカおばあちゃんとアメリカ義理おじいちゃんが弥優に会うために訪日しました。写真はこちら


  • 2005年8月10日 - 郁子と弥優は無事退院しました!


  • 2005年8月5日 - しゅれっぷふぁー・金子家に無事女の子が誕生致しました。名前は二人で考えた末、弥優(みゆ)と名づけました。写真は弥優ウェブサイトに載せましたので見て下さい。


  • 2005年7月7日 - 37週突入!もういつ産まれても良い週数である。子供が産まれたら出来なくなることの一つ、おしゃれ系レストランでのでぃな〜に出掛ける事にした二人。場所はNobu Tokyoを選ぶ。こんな普通の事が出来なくなる事が今の二人には不思議な感じだった。写真はこちら


  • 2005年6月2日 - 予定日まで後2ヶ月!今日は32週目の検診で母子ともに健康とのこと。最新の超音波はこちら


  • 2005年4月29〜5月1日 - ジェフは念願の飛鳥(奈良県)に一人旅に出る。飛鳥は6世紀終わりから8世紀初めまで日本の都とされた場所とあって、ジェフのこの町への興味は一段と強いものがあった。写真はこちら


  • 2005年4月18〜26日 - ジェフの父ジェリーと義理の母ジョージアンが初の来日!郁子とジェフは二人に日本を満喫してもらえるよう念入りに計画を立て、日光(鬼怒川温泉泊)一泊旅行、東京一日ハトバスツアー、鎌倉旅行他、都内(表参道、渋谷交差点、池袋)散策と、普段の車社会慣れした二人をあちらこちら連れまわした。1週間強という短い期間ではあったが、二人とも楽しいバケーションを過ごせたご様子だった。写真はこちら


  • 2005年4月18日 - ジェフが、2005年モリソン・フォースター アジアアソシエイト/オブ・カウンセル ワークショップの為、上海に行っていたが今日帰国。今回はWater Village Zhu Jia Jiaoのツアーなどにも参加でき、色々見て回ることが出来た。写真はこちら


  • 2005年3月28〜30日 - 郁子は父親の納骨の為、母、姉、姪の4人で京都へ小旅行。家族女4人の旅行は初めてとあって、楽しかったご様子。例のごとく郁子が全てスケジュールをたて、東本願寺での納骨、奈良巡り、京都では清水寺、南禅寺、銀閣寺、金閣寺、龍安寺、嵐山とハイヤーの運転手さんの説明付きでお寺巡りを満喫の上、夜は祇園で舞妓はんの京舞を見たり、と2泊3日の旅は楽しい思い出となった。写真はこちら。


  • 2005年3月24日 - 今日の検診で、「そうですねえ、これと言って自己主張をするものはお股には見えませんね〜」と先生が一言。女の子か!!どちらでも健康に生まれてきてくれればそれで幸いと思っていた二人だが、女の子と聞いて二人ともまたうさぎ目に。


  • 2005年2月24日 - ジェフと郁子に念願のお子ができました。予定日は7月末で、今日は丁度18週目の検診日。ジェフも今日は初めて超音波でBabyが動いているのを目にすることに。郁子はいつものことながら診察台の上で横流れする涙を拭い、ジェフもすっかり感動してうさぎ目に。


  • 2005年1月15日 - ジェフは「UFJの合併統合保護条項の米国法上の評価」(英語訳をご覧になりたい方はこちら) という題名の記事を執筆(彼の上司と共に)し、国際商事法務という日本の法律専門ジャーナルに掲載された。


  • 2005年1月11日 - 郁子の誕生日にも係わらず、ジェフは初めての上海への出張に張り切る。たった一日の滞在ではあったが、ジェフは上海のエネルギッシュな雰囲気がすこぶる気に入ったご様子。写真はこちら


  • 2004年11月13日 - 二人は東京に新居を見つける。外人さんということで、事務所の紹介してくれた不動産屋さんは六本木、青山、麻布などを勧めてくれたが、「六本木ヒルズの高級スーパーで買い物などしていられない」とこてこての庶民派の二人が選んだのは文京区。どこに行くにも便利だし、安っいスーパーも近くにあるし、大満足のお二人。


  • 2004年10月17日 - ジェフの勤めるモリソン・フォースターの東京事務所への転勤が確定し、二人はサンフランシスコの地を去り、東京に6年ぶりに帰ってきた。人はサンフランシスコの30倍位いるし、夜はネオンぴかぴかで眠らないし、地下鉄は何本も増えているし、・・・東京に帰ってきたことを実感する二人だった。


  • 2004年9月9日 - 「ヴァンヘレンもいいが、やっぱりプリンス!」と、郁子と二人で見にいったプリンスのコンサートに、ジェフは「今まで色々な人のコンサートを見てきたけど、このコンサートは格別に最高だった!!」と感涙の境地。プリンスに対して、日本人特有のあまり良いイメージを持っていなかった郁子も、このコンサートでプリンスが見せた歌唱力、ギター、踊りのエンターテイメント力には感動していた。50近い年齢とはとても信じ難い事実。


  • 2004年8月13日 - ヴァンヘレンが帰ってきた!ジェフは何人かの友達と共に、オークランド アリーナまでそのコンサートを見に行った。素晴らしいコンサートであった。もちろん郁子はお留守番。最新のヴァンヘレン情報はこちら


  • 2004年7月4日 - 二人の今年の独立記念日連休は、以前から行きたいと希っていたオレゴン州のクレーターレイク国立公園へ。豪雪地帯の為、夏の決められた期間しか開放されておらず、何度と無くトライして未だ見たことのなかった湖だった。その幻の湖の目が覚めるような青さは、二人の心まで洗い去ってくれるようだった。写真はこちら


  • 2004年1月20日〜23日 - ジェフの大親友である土田伸治が40歳にして周りの皆を驚かせるべく結婚をし、奥さんとなられた智絵ちゃんと共に、長年言い続けた「サンフランシスコに行くときは新婚旅行で」という格言を果たしにやって来た。市内観光、買い物、ナパのワイナリー等を訪れ、その後4人でラスベガスへ!皆が疲れ、風邪で体調不良でふらふらの中、何故か伸治だけがすこぶる元気で夜中一人で町中を徘徊することも。そんな楽しかった旅行写真はこちら。伸治が作成した映画スタイルになったものはこちら


  • 2003年9月 - ジェフと郁子はイタリア旅行から無事帰国。南部島々からローマ、フィレンツェ、ベネチア、そしてミラノまでなめるように見て回ったこの2週間の旅は、二人の心に素晴らしい思い出を残すものとなった。郁子の綿密な計画立てと、ジェフの現地での地図を片手に突き進むチームワークならではのものとも言えようか。詳しくはこちら


  • 2003年7月12日 - ジェフの20年位会っていな従姉妹が結婚することになり、2人でジェフの故郷であるミシガン州へ。結婚式の写真はこちら


  • 2003年7月4〜6日 - ジェフと郁子は生まれて初めてクルーズ(客船)旅行に出かけた。2泊3日とちょっと短かったが、とても楽しかった。写真はこちら


  • 2003年1月 -郁子は日本領事館で再び働くことになる。


  • 2002年12月31日 - ジェフがずっと仕事で取り組んでいた日立IBMとの取引(日立がIBMのHDD事業を買収)がいよいよ実行された。この取引によって Hitachi Global Storage Technologies という日立の新しい子会社が誕生。


  • 2002年9月28日 - ジェフ(出張)と郁子(付き添い、遊び、買い物、飲み会)が日本から帰国。


  • 2002年7月 - ジェフは日本から帰ってきたばっかりにもかかわらず、さらに2〜3ヶ月の出張で日本に戻らなければならないことに。郁子も領事館の半年間の仕事が終えた為、今回は一緒に行く事に。


  • 2002年5月4日 - ジェフの父が、ジェフの祖父ドナルド・シュレップファーの葬式で呼んだ弔辞はこちら(英文)。


  • 2002年4月26日 - ジェフの祖父ドナルド・シュレップファーは81歳で息をひきとる。


  • 2002年4月 - ジェフは日立とIBMの案件で仕事するために、2ヶ月ほど日本に出張することに。郁子はその間、寂しく一人暮らしを思う存分満喫。


  • 2002年3月 - ジェフと郁子はやっとぼろ車(マーキュリークーガ中古、ストップサインで止まったまま動かなくなる事もままある)を、微々たるお金で下取りに出し、新車のBMW 325iを購入 :)


  • 2001年12月 - ジェフはカルフォルニア控訴裁判所での新弁護士宣誓式で米国憲法や法律を支持することを誓って、正式に弁護士となる。


  • 2001年11月 - ジェフはめでたく司法試験に合格!郁子の3年間の血を吐くようなサポートによって、無事弁護士になる夢を果たしました!!


  • 2001年9月 - 郁子は日本領事館で働き始める。7月のアメリカ横断旅行中はカナダのケベックでフランス気分を楽しんでいた時に、領事館の領事の方から携帯にお電話を頂き、半年間(産休をとる方の代りとして)だが働くことに決まった。6月に2週間程領事館でアルバイトさせて頂いた際に、顔を覚えていてくださったらしい。ありがたいお話である。


  • 2001年9月 - ジェフは3年間の学生生活に終止符を打ち、モリソン・フォースター弁護士事務所弁護士として働き始める。(33歳アメリカ人なるにもかかわらず、これがアメリカでの初めての会社勤め・・・どきどき)。


  • 2001年9月6日 -郁子とジェフは、ひと月半前に出発した「アメリカ横断旅行」から無事帰還。走行距離19,000KM、39州(+カナダ、メキシコ)制覇という並々ならぬ記録を残しての帰還となった。30過ぎてのいい大人の二人がひと月半もの時を自由に旅できたことの幸せをかみ締め、今後二人でこの旅費のカード返済に勤しむことでしょう・・・。


  • 2001年7月28日 -郁子とジェフは、夢の「車でアメリカ横断旅行」に旅立つ。ジェフが司法試験の勉学に禿げむ(あっ)一方、郁子はこの旅の計画に勤しみ、ジェフの試験が終わるや否や二人はレンタカーにてサンフランシスコを出発。お米、ラーメン、ガスコンロ、醤油、うめぼしを車に詰め込んだ車の足取りは重く・・・。


  • 2001年5月 - 郁子の勤める会社、オンナドットコムは2000年11月に皆の血を流すような努力の下、念願のウエブサイトの立ち上げを完了させたが、翌年5月に残念ながら事実上崩壊し、郁子はちょっと家でゆっくりすることに。


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  • 2000年9月 - ジェフはモリソン・フォースターサンフランシスコ事務所での就職が決定!


  • 2000年4月 - ジェフが改善したカリフォルニア・ロー・レビュー のウェブサイトが完成し無事公開される。


  • 2000年3月 - ジェフはカリフォルニア・ロー・レビュー(CLR)の電子リソース編集長に当選される(候補者はジェフひとりだけだったので当然な結果と言えばそれまで)。CLR のウエブサイトの改善・維持が主な任務。


  • 2000年2月 - 郁子はオンナドットコムというインターネット会社に転職。 今年末には、女性向けのウェブサイトを立ち上げる予定。


  • 1999年12月 - ジェフはモリソン・フォースター(ニックネームはモーフォー)という法律事務所に内定決定。モーフォーは、サンフランシスコの大手法律事務所の一つで、日本でもかなり大手で活躍している。今夏はサマーアソシエイト(大学院最後の夏に実際就職内定した事務所で見習いとして働くシステム)として、前半はサンフランシスコのオフィスで、後半は東京のオフィスで仕事する予定。


  • 1999年9月 - ジェフはカリフォルニア・ロー・レビュー(ほとんどのアメリカ法律大学院がもっている法律の専門ジャーナルを出版する機関)のメンバーの一人に選ばれる。


  • 1999年8月 - ジェフと郁子は、サンフランシスコ市内のグレン・パークという場所に引っ越す。以前はサンフランシスコ市のど真ん中で、テンダーローインと呼ばれる危険区域から近い所に住んでいたのだが、グレンパークは閑静な住宅地といった感じの場所で、とても静かで住みやすい印象。


  • 1999年7月 - ジェフは念願叶ってバークレーの法律大学に編入!